twitter
insta
facebook
Youtube

講談社くらしの本

私の好きな原田泰治の絵 心に残る七月の一枚

twitter
facebook

私の好きな原田泰治の絵 心に残る七月の一枚

twitter
facebook

諏訪市原田泰治美術館の名誉館長でもあるさだまさしさんが、「私の好きな原田泰治の絵」にあげたのは、ハワイ・マウイ島に咲くジャカランダの名木を描いた「ジャカランダの丘」(1990年)。

日本のふる里の風景、自然のなかで慎ましやかに生きる人々の姿を描き続ける原田泰治さん。原田さんと交流のある各界著名人が選んだ「心に残る絵」「記憶に刻まれたとっておきの情景」を集めた著書『私の好きな原田泰治の絵』から、季節に添った今月の一枚をご紹介します。

北の大地に漂う花の香り

「ジャガイモの花」 北海道上川支庁美深町 1984年 380×285㎜
美深町は、道内でも気象条件がきびしい。それでも農家の人々はこの地にジャガイモをつくってきた。白い花が一面に広がり、甘酸っぱい香りが漂う広大なイモ畑は、北海道ならではの風景だ。
(原田泰治)

『私の好きな原田泰治の絵』p.18-19

『私の好きな原田泰治の絵』p.18-19

「原田さんの絵を一点選べだなんてとてもムリ」と言いながら、この低アングルの「ジャガイモの花」を「私の好きな原田泰治の絵」に選んだのは、作家の窪島誠一郎さん。信州で戦没画学生の絵を蒐集・展示する「無言館」の活動を続けておられます。「この絵をみていると、ぼくが画家・原田泰治の眸(め)になった気がして心地いい」のだそうです。
「愛のメモリー」や「浪花恋しぐれ」など多くのヒット曲で知られる作詞家のたかたかしさんも、この絵を「私の好きな原田泰治の絵」に選びました。「原田さんの魂がジャガイモの花たちと一緒になって踊っている」と語ります。「この絵には人の姿がないけれど、風に吹かれて咲くジャガイモの小さな花たちは、可憐な少女たちがペチャクチャと楽しげにお喋りをしているよう」だと。たかさんの眼には、ジャガイモの花が頬を寄せるように風に揺れているさまが見えているのでしょう。

ジャガイモの花が地平線まで広がり、絵の上の狭いスペースにまるで花に押し込まれそうにある赤い屋根の農家。サイロが並ぶその横を、美深(びふか)と仁宇布(にうぷ)を結ぶ美幸(びこう)線の電車が通り過ぎます。皮肉にも赤字線として注目を集めながら、絵に描かれた頃には一日4往復の電車が走っていました。
線路はその後まもなく廃線になってしまいましたが、畑には変わらず、北国の短い夏を告げるジャガイモの花の甘酸っぱい香りが漂います。

構成/からだとこころ編集チーム

私の好きな原田泰治の絵

著者 原田泰治

私の好きな原田泰治の絵

著者 原田泰治

日本人の心のふる里を描き続ける原田泰治の作品。 33人の著名人たちが選んだ26作品を、それぞれのエピソードとともに紹介します。
永六輔さんの好きな絵は佃島の下町の音が聞こえそうな「路地」、萩本欣一さんは「木枯らし坂」⋯⋯。「原田さんの絵は心にしっかり届く」と語る建築家の安藤忠雄さんが選んだのは「友禅流し」。
各地の心に残る四季の風景、小さなふる里のひとコマが広がります。

profile

原田 泰治(ハラダ タイジ)

1940年長野県諏訪市に生まれる。1963年武蔵野美術短大卒業。1973年複十字シール・デザイン・コンクール特選。1980年小学館絵画賞受賞。1982年4月から、朝日新聞日曜版に「原田泰治の世界」を127週にわたって連載。1984~86年「原田泰治の世界展」を全国22会場で開催。1987~88年「ナイーフ三人展-原田泰治とユーゴの仲間たち」を各地で開催。1989年から2年にわたりアメリカ合衆国の5都市で「日本の四季を描く原田泰治の世界」を開催。同展覧会は帰国後、全国33会場を巡回。1998年信州諏訪湖畔に「諏訪市原田泰治美術館」開館。1999年紺綬褒章を受章。2001年11月より2002年にかけてブラジル(サンパウロ、リオデジャネイロ)にて「原田泰治の世界展」を開催。2002年中米3ヵ国(メキシコ、コスタリカ、ニカラグア)にて「日本の心」を伝える絵画展・講演会を開催。2008年郵便事業(株)ふるさと切手「ふるさと心の風景」シリーズを全国発売。2011年財団法人逓信協会第56回前島賞受賞。主な著書に『さだおばさん』『原田泰治自選画集』『日本の歌百選』『日本のふる里』など。

fllow us fllow us

このカテゴリーで紹介されている本