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講談社くらしの本

私の好きな原田泰治の絵 心に残る五月の一枚

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私の好きな原田泰治の絵 心に残る五月の一枚

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諏訪市原田泰治美術館の名誉館長でもあるさだまさしさんが、「私の好きな原田泰治の絵」にあげたのは、ハワイ・マウイ島に咲くジャカランダの名木を描いた「ジャカランダの丘」(1990年)。

日本のふる里の風景、自然のなかで慎ましやかに生きる人々の姿を描き続ける原田泰治さん。原田さんと交流のある各界著名人が選んだ「心に残る絵」「記憶に刻まれたとっておきの情景」を集めた著書『私の好きな原田泰治の絵』から、季節に添った今月の一枚をご紹介します。

つがれてゆく命の喜び

「田植えの子供たち」 宮城県刈田郡七ヶ宿町 1992年 655×535㎜
新緑に囲まれた山あいの静かな集落では、桐があざやかに花をつけ、澄んだ空気が小鳥のさえずりを伝えていた。突然、子供たちのはしゃぎ声が聞こえてきた。先生や父母も手伝って田植えをする皆の、汗とどろんこにまみれた顔がキラキラ輝いていた。
(原田泰治)

『私の好きな原田泰治の絵』p.40-41

『私の好きな原田泰治の絵』p.40-41

生まれてきたこと 育ててもらえたこと
出会ったこと 笑ったこと
そのすべてにありがとう

歌手の竹内まりやさんが、2012年に発売したシングル曲「いのちの歌」。そのジャケットに竹内さんの希望で選ばれたのが「田植えの子供たち」でした。
緑豊かな山あいの水田で田植えをする子供たち。鮮やかな赤のジャージの子供たちが生き生きと田植えをする光景は、「いつのまにか私たちが忘れてしまった大切な何かや、未来にも受け継がれてゆく命の力の存在を優しく思い出させてくれる」と竹内さんは語ります。
「いのちの歌」の歌詞に竹内さんが込めた想いをさり気なく表現してくれる大好きな絵。そしてその絵にあふれる温かさは、きっと原田泰治さん自身の温かさであろうと、竹内さんは想像しています。

子供たちが田植えをしていたのは、宮城県の七ヶ宿(しちかしゅく)町。蔵王連峰の南に位置する小さな町で、江戸時代に山間の宿場町として栄えたことが町の名の由来です。町は水路や川の水の美しさで知られ、水とのつながりも深く、「水守りの郷」とも呼ばれています。
裸足で水田に入る子供たち。その水はもう温んでいるのでしょうか。

構成/からだとこころ編集チーム

私の好きな原田泰治の絵

著者 原田泰治

私の好きな原田泰治の絵

著者 原田泰治

日本人の心のふる里を描き続ける原田泰治の作品。 33人の著名人たちが選んだ26作品を、それぞれのエピソードとともに紹介します。
永六輔さんの好きな絵は佃島の下町の音が聞こえそうな「路地」、萩本欣一さんは「木枯らし坂」⋯⋯。「原田さんの絵は心にしっかり届く」と語る建築家の安藤忠雄さんが選んだのは「友禅流し」。
各地の心に残る四季の風景、小さなふる里のひとコマが広がります。

profile

原田 泰治(ハラダ タイジ)

1940年長野県諏訪市に生まれる。1963年武蔵野美術短大卒業。1973年複十字シール・デザイン・コンクール特選。1980年小学館絵画賞受賞。1982年4月から、朝日新聞日曜版に「原田泰治の世界」を127週にわたって連載。1984~86年「原田泰治の世界展」を全国22会場で開催。1987~88年「ナイーフ三人展-原田泰治とユーゴの仲間たち」を各地で開催。1989年から2年にわたりアメリカ合衆国の5都市で「日本の四季を描く原田泰治の世界」を開催。同展覧会は帰国後、全国33会場を巡回。1998年信州諏訪湖畔に「諏訪市原田泰治美術館」開館。1999年紺綬褒章を受章。2001年11月より2002年にかけてブラジル(サンパウロ、リオデジャネイロ)にて「原田泰治の世界展」を開催。2002年中米3ヵ国(メキシコ、コスタリカ、ニカラグア)にて「日本の心」を伝える絵画展・講演会を開催。2008年郵便事業(株)ふるさと切手「ふるさと心の風景」シリーズを全国発売。2011年財団法人逓信協会第56回前島賞受賞。主な著書に『さだおばさん』『原田泰治自選画集』『日本の歌百選』『日本のふる里』など。

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