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講談社くらしの本

私の好きな原田泰治の絵 心に残る四月の一枚

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私の好きな原田泰治の絵 心に残る四月の一枚

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諏訪市原田泰治美術館の名誉館長でもあるさだまさしさんが、「私の好きな原田泰治の絵」にあげたのは、ハワイ・マウイ島に咲くジャカランダの名木を描いた「ジャカランダの丘」(1990年)。

日本のふる里の風景、自然のなかで慎ましやかに生きる人々の姿を描き続ける原田泰治さん。原田さんと交流のある各界著名人が選んだ「心に残る絵」「記憶に刻まれたとっておきの情景」を集めた著書『私の好きな原田泰治の絵』から、季節に添った今月の一枚をご紹介します。

花霞たなびく里の春

「あんずの里」 長野県更埴市(現・千曲市) 1982年 310×350㎜
信州に遅い春が訪れる4月中旬、更埴市の郊外、森・倉科地区では、15万本といわれるあんずが、いっせいに咲き誇る。山あいの地が、綿菓子にすっぽり包まれてしまったのではないか、と錯覚するほど美しい。
(原田泰治)

『私の好きな原田泰治の絵』p.54-55

『私の好きな原田泰治の絵』p.54-55

あたりが綿菓子に包まれたようになるという更埴市に咲くあんずの花。この絵を「私の好きな原田泰治の絵」にあげたのは、元NHKアナウンス室長の山根基世さん。NHKの番組「小さな旅」の取材で更埴市を訪ねたときにも、「あんずの花が満開で淡いピンクの霞がたなびいているようだった」と回想します。
あんずは元禄時代にこの地にもたらされました。信州ではあんずの小さな花が、桜よりひと足早く春の始まりを告げます。

古い民家、小川にかかる土橋、孫の子守をするおばあさん。その心温もる情景⋯⋯。山根さんはこの里で生きる友人に思いを馳せ、絵を見るたびに「私の胸の中にも温もりのある花霞が広がる」と語ります。

春4月、スタートの時期。原田さんにとっても、この絵が「朝日新聞日曜版」連載のスタートでした。最終的には2年半にわたり、127作になる連載は、昭和57(1982)年4月4日から始まりました。
あれから39年目の春。外出が規制され特別な春となった今年も、あんずは変わらずに咲き、変わらずに散り、花が散った頃、里は農作業の忙しい時期を迎えます。
構成/からだとこころ編集チーム

私の好きな原田泰治の絵

著者 原田泰治

私の好きな原田泰治の絵

著者 原田泰治

日本人の心のふる里を描き続ける原田泰治の作品。 33人の著名人たちが選んだ26作品を、それぞれのエピソードとともに紹介します。
永六輔さんの好きな絵は佃島の下町の音が聞こえそうな「路地」、萩本欣一さんは「木枯らし坂」⋯⋯。「原田さんの絵は心にしっかり届く」と語る建築家の安藤忠雄さんが選んだのは「友禅流し」。
各地の心に残る四季の風景、小さなふる里のひとコマが広がります。

profile

原田 泰治(ハラダ タイジ)

1940年長野県諏訪市に生まれる。1963年武蔵野美術短大卒業。1973年複十字シール・デザイン・コンクール特選。1980年小学館絵画賞受賞。1982年4月から、朝日新聞日曜版に「原田泰治の世界」を127週にわたって連載。1984~86年「原田泰治の世界展」を全国22会場で開催。1987~88年「ナイーフ三人展-原田泰治とユーゴの仲間たち」を各地で開催。1989年から2年にわたりアメリカ合衆国の5都市で「日本の四季を描く原田泰治の世界」を開催。同展覧会は帰国後、全国33会場を巡回。1998年信州諏訪湖畔に「諏訪市原田泰治美術館」開館。1999年紺綬褒章を受章。2001年11月より2002年にかけてブラジル(サンパウロ、リオデジャネイロ)にて「原田泰治の世界展」を開催。2002年中米3ヵ国(メキシコ、コスタリカ、ニカラグア)にて「日本の心」を伝える絵画展・講演会を開催。2008年郵便事業(株)ふるさと切手「ふるさと心の風景」シリーズを全国発売。2011年財団法人逓信協会第56回前島賞受賞。主な著書に『さだおばさん』『原田泰治自選画集』『日本の歌百選』『日本のふる里』など。

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