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講談社くらしの本

私の好きな原田泰治の絵 心に残る八月の一枚

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私の好きな原田泰治の絵 心に残る八月の一枚

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諏訪市原田泰治美術館の名誉館長でもあるさだまさしさんが、「私の好きな原田泰治の絵」にあげたのは、ハワイ・マウイ島に咲くジャカランダの名木を描いた「ジャカランダの丘」(1990年)。

日本のふる里の風景、自然のなかで慎ましやかに生きる人々の姿を描き続ける原田泰治さん。原田さんと交流のある各界著名人が選んだ「心に残る絵」「記憶に刻まれたとっておきの情景」を集めた著書『私の好きな原田泰治の絵』から、季節に添った今月の一枚をご紹介します。

家族再会の微笑み広がる縁先の夏

「お盆」 1982年 380×285㎜

「お盆」 1982年 380×285㎜

お盆が近くなると、日ごろは静かな村や町が途端ににぎやかになり、夏草の茂る道をおみやげを手にした人々が帰省してくる。田舎のお盆は、遠くへ嫁いだり、職についたりして散り散りになった家族が顔を合わせる。楽しいが、それだけに別れがいっそう寂しい。                         (原田泰治)

『私の好きな原田泰治の絵』p.48-49「お盆」

『私の好きな原田泰治の絵』p.48-49「お盆」

原田さんが育った長野県の伊賀良(いがら)村(現・飯田市)を描いた「お盆」。「私の好きな一枚」にこの絵をあげたのは飯田市のとなり、長野県下條村で育った俳優の峰竜太さん。「時代は異なるものの、この絵の光景は自分を少年時代にタイムスリップさせてくれます」と、語ります。
昼は従兄弟たちと遊び、夜はお宮で盆踊り。歌の得意な峰さんの伯父さんは櫓(やぐら)に上がって夜遅くまで歌い続けたとか。
原田さんの絵でも縁先で花火に興じる子どもたちがにぎやかです。

お盆には仏前にキキョウ、オミナエシを生け、なすやきゅうりで作った牛や馬を供えました。夕方、麦わらで迎え火をたくのは子どもの役目で、高台にあった原田さんの家からは、あちこちの家でたく迎え火が、村を照らすかがり火のように見えたといいます。
花火のあとにみんなでいただくすいかは、何日も前から清水の流れ出る池に冷やしてあったもの。池のとなりの畑ではつやつやのなすも実っています。
お盆が過ぎると村はもとの静けさに戻り、風も雲も夏の終わりを告げ、信州の秋はかけ足でやってきました。

                                   構成/からだとこころ編集チーム

私の好きな原田泰治の絵

著者 原田泰治

私の好きな原田泰治の絵

著者 原田泰治

日本人の心のふる里を描き続ける原田泰治の作品。 33人の著名人たちが選んだ26作品を、それぞれのエピソードとともに紹介します。
永六輔さんの好きな絵は佃島の下町の音が聞こえそうな「路地」、萩本欣一さんは「木枯らし坂」⋯⋯。「原田さんの絵は心にしっかり届く」と語る建築家の安藤忠雄さんが選んだのは「友禅流し」。
各地の心に残る四季の風景、小さなふる里のひとコマが広がります。

profile

原田 泰治(ハラダ タイジ)

1940年長野県諏訪市に生まれる。1963年武蔵野美術短大卒業。1973年複十字シール・デザイン・コンクール特選。1980年小学館絵画賞受賞。1982年4月から、朝日新聞日曜版に「原田泰治の世界」を127週にわたって連載。1984~86年「原田泰治の世界展」を全国22会場で開催。1987~88年「ナイーフ三人展-原田泰治とユーゴの仲間たち」を各地で開催。1989年から2年にわたりアメリカ合衆国の5都市で「日本の四季を描く原田泰治の世界」を開催。同展覧会は帰国後、全国33会場を巡回。1998年信州諏訪湖畔に「諏訪市原田泰治美術館」開館。1999年紺綬褒章を受章。2001年11月より2002年にかけてブラジル(サンパウロ、リオデジャネイロ)にて「原田泰治の世界展」を開催。2002年中米3ヵ国(メキシコ、コスタリカ、ニカラグア)にて「日本の心」を伝える絵画展・講演会を開催。2008年郵便事業(株)ふるさと切手「ふるさと心の風景」シリーズを全国発売。2011年財団法人逓信協会第56回前島賞受賞。主な著書に『さだおばさん』『原田泰治自選画集』『日本の歌百選』『日本のふる里』など。

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